2015年07月03日

墨絵と、感性と、生き続けるもの

熱く語るシリーズ〜ぱふぱふぱふ
墨絵編!(…続くかどうかはわかりません)


昨日は、美術館の図録などを見ながら、国宝や重要文化財の墨絵などについて教えていただきました。
墨絵は数年前まで触れたことのない世界で、初めははよくわからなかったのですが
昨日は突然に、山肌の荒々しさや、満月の白々とした光や
静かな水面をゆく一艘の舟の美しい光景が心に迫ってきて
すっかり惹き付けられて時間を忘れてしまいました。

実は先日、編集作業をしているときにずっと「蒔絵」のイメージが浮かんでいました。
金粉や、螺鈿のように、大好きな音をちりばめて、丁寧に一つの模様を作り上げていく。
そんな感覚で作れていることが、とても楽しくて嬉しくて。

その日以来そのイメージが、私の中で音と視覚的なアートのつながりを強めるきっかけをくれたような気がします。
「絵に流れる音」という感覚に気づいたとき、突然、私の中で墨絵が生き生きと息づき始めました。
墨絵なのに、色彩があるかのように…。

繊細な濃淡と、空白と、力強いうねりと、リズムを感じる配置、どこまでも広がる静けさ。
先人はどれだけの思いを持って、この光景を眺め、切り取り、筆にのせたのだろうと思うと苦しいくらい心がいっぱいになる。

宮本武蔵が、さすが絵も素晴らしく達者なことにも驚きました。
その知性と感性がはりつめるような精神性となって統合されているような。
ほとんど知らなかった与謝蕪村の俳句も知って、その懐かしく生き生きした情景が、また目に浮かんでリンクしたり。

美しい情景もすべて、架空ではなく、かつてあったまま、時を隔ててそこに生き生きとあり続けている不思議を感じました。
自然そのままではなく、だれかの感性を通して切り取られたからこそ、そこに生き続けているのだということも。

人間っていう存在はなんなのだろうと思う。
感じることこそが人間の本質なんだろうか。
果てしなく無限にあるその感性と表現の世界。
わからなかった世界の入り口に、少し招き入れてもらった気がして嬉しい。
どんどん面白くなっています。
posted by Yoriko at 01:16 | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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